【この記事の要約】
富士山の最後の噴火は、一七〇七年の宝永噴火です。それから三百年以上、静かなままです。国の想定では、同じ規模の噴火が起きた場合、相模原市の付近で二日後に約二十センチ、新宿区の付近でも二日後に五センチ以上の灰が積もるとされています。そして、鉄道は微量の灰で止まり、三ミリの灰に雨が加われば停電し、三十センチを超えて雨が降れば木造家屋が倒壊するおそれがあります。溶岩流や火砕流が届かない距離でも、灰は届きます。この記事では、宝永噴火とは何だったのか、いま同じことが起きたら首都圏で何が止まるのか、国が示している四つの段階、そして家庭でできる備えを整理しました。
結論からお伝えします。富士山の噴火で首都圏が受ける被害の中心は、溶岩でも火砕流でもありません。灰です。
そして灰の被害は、命を直接奪う形では現れにくいものです。その代わり、電気、水道、鉄道、道路、物流、そして仕事と学校を、まとめて止めます。数日ではなく、数週間という単位で。
私は防災士として相談を受けるなかで、富士山の噴火について聞かれることがあります。多くの方が思い浮かべるのは、赤い溶岩が流れ出す映像です。しかし、東京や神奈川、千葉、埼玉にお住まいの方にとって、備えるべき相手はそこではありません。空から降ってくる、細かいガラスの粒です。
富士山は、活火山です
まず、いちばんの前提を確かめておきます。富士山は活火山です。いまは休んでいるだけで、活動を終えた山ではありません。
気象庁が二十四時間体制で監視している常時観測火山のひとつであり、噴火警戒レベルの運用も行われています。レベルの意味は噴火警戒レベル1〜5とは?にまとめました。
そして、富士山の噴火には特徴があります。火口が山頂とは限りません。過去の噴火では、山の斜面に新しい火口が開いています。どこに火口が開くかによって、溶岩が流れる方向も、被害を受ける地域も大きく変わります。
一七〇七年、宝永噴火
富士山の最後の噴火を振り返ります。
一七〇七年十二月十六日、富士山の南東の斜面で噴火が始まりました。これが宝永噴火です。噴火は、そこから十六日間にわたって続きました。年の瀬の出来事です。
この噴火には、見逃せない前段があります。約四十九日前に、巨大な地震が起きていました。南海トラフを震源とする宝永地震です。
地震と噴火の関係は、単純に結びつけられるものではありません。それでも、大きな地震の後に噴火が起きた実例があるという事実は、記憶しておく価値があります。南海トラフ地震への備えを考えるとき、富士山を別の問題として切り離せないかもしれない、ということです。
江戸にも灰が降りました
宝永噴火では、当時の江戸、つまり現在の東京にも灰が降ったことが記録に残っています。
富士山から東京の中心部までは、直線でおよそ百キロあります。百キロ離れた大都市に、灰が届きました。これが、三百年以上前に実際に起きたことです。
火口の周辺では、農地が厚い灰に埋まりました。その後の復旧には長い年月がかかり、飢饉や河川の氾濫といった二次的な被害も続いています。噴火が終わってからが長いというのも、この災害の性格です。
富士山の三つの大きな噴火
宝永噴火だけが特別だったわけではありません。記録に残る大きな噴火が、ほかにもあります。
| 噴火 | 時期 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 延暦噴火 | 800年から802年 | 山の北東側で噴火。当時の主要な街道が埋まった |
| 貞観噴火 | 864年から866年 | 大量の溶岩が流出。湖を分断し、現在の地形をつくった |
| 宝永噴火 | 1707年 | 南東の斜面で噴火。江戸にも灰が降った |
とくに興味深いのが、貞観噴火です。このとき流れ出した溶岩は、当時あった大きな湖を埋め、二つに分断しました。いま私たちが西湖と精進湖として知っている湖は、この噴火の結果です。そして、固まった溶岩の上に長い年月をかけて森が育ちました。青木ヶ原の樹海です。
観光地として知られるあの風景は、噴火がつくったものだということになります。富士山の周辺の地形そのものが、噴火の記録です。
三百年という空白をどう見るか
宝永噴火から、三百年以上が過ぎています。この期間の長さを、どう受け止めればよいでしょうか。
過去の噴火の間隔を見ると、数十年で繰り返した時期もあれば、数百年空いた時期もあります。規則正しい周期があるわけではありません。ですから、「そろそろ三百年だから危ない」とも、「三百年静かだから安全だ」とも言えません。
言えるのは、ひとつだけです。富士山は、活動を終えた山ではありません。地下にはマグマがあり、周辺では小さな地震も観測されています。噴火する能力を、いまも持っています。
そして、私たちの側の条件は、宝永噴火のころとまったく違います。当時の江戸には、電気も、水道も、鉄道も、通信網もありませんでした。灰に弱いものを、これでもかというほど積み上げた都市が、いまの首都圏です。同じ量の灰が降ったときの影響は、当時とは比べものになりません。
いま同じ噴火が起きたら
国は、宝永噴火と同じ規模の噴火を想定して、首都圏への影響を検討してきました。示されている数字を挙げます。
| 場所 | 富士山からの距離 | 降灰の想定 |
|---|---|---|
| 相模原市付近 | 約60キロ | 2日後に約20センチ |
| 新宿区付近 | 約100キロ | 2日後に5センチ以上、15日目までに約10センチ |
新宿で十センチです。これは、東京の中心部が機能を保てる厚さではありません。理由は、この後で説明します。
ここでひとつ、確認しておきたいことがあります。灰は風下に流れます。日本の上空では西から東へ強い風が吹いているため、富士山の東にある首都圏は、灰が届きやすい位置にあります。これは地理的な条件であって、運の問題ではありません。ただし、風向きは季節や高度によって変わります。同じ噴火でも、いつ起きるかによって灰の届く範囲が変わるということも、あわせて覚えておいてください。
厚さごとに、何が止まるのか
ここが、この記事でいちばん重要な部分です。降灰の厚さと、そのときに起きることを整理します。
| 降灰の厚さ | 起きること |
|---|---|
| 微量でも | 鉄道の地上路線が運行停止 |
| 3ミリ以上+雨 | 碍子の絶縁が低下し、停電が発生 |
| 3センチ以上+雨 | 自動車の走行に支障 |
| 10センチ以上(乾燥時) | 二輪駆動の車が通行不能 |
| 30センチ以上+雨 | 木造家屋が倒壊するおそれ |
この表を見ていただくと、驚かれるかもしれません。被害が始まる厚さが、想像よりはるかに薄いのです。
鉄道は、積もったと呼べないほどの量で止まります。停電は、三ミリで起こりえます。センチではなく、ミリの単位です。
そして、繰り返し出てくる条件があります。雨です。乾いた灰と濡れた灰は、別の物質だと考えてください。濡れると重くなり、電気を通し、そして固まります。
なぜ鉄道が止まるのか
鉄道は、金属の車輪と金属のレールが接することで走り、止まります。あいだに粉が入れば、加速も減速もできません。
加えて、信号やポイントの可動部に細かい灰が入り込みます。架線や信号設備でも、電気の絶縁に問題が生じます。
そして地下鉄も無縁ではありません。地上を走る区間があること、地上路線が止まった分の乗客が流れ込むこと、車両や作業員が確保できないこと。これらによって、地下でも運行の縮小や停止が起こりえます。
首都圏で鉄道が止まるということは、数百万人が動けなくなるということです。
そして、復旧にも時間がかかります。灰を取り除いても、線路の砕石のあいだに入り込んだ分は簡単には抜けません。信号やポイントの点検も、路線の長さの分だけ必要になります。降灰が止まった翌日から通常運転、という展開にはなりません。
なぜ停電するのか
電線を支える部分には、碍子という絶縁のための部品が使われています。ここに灰が付着し、そこへ雨が降ります。
濡れた火山灰は、電気を通します。すると、絶縁されているはずの場所を電気が流れ、火花が飛びます。設備を守るために送電が止められ、停電になります。
三ミリという数字を、もう一度思い出してください。指でつまめないほどの厚さで、首都圏の電気が止まりうるということです。
なぜ断水するのか
浄水場に灰が入れば、処理能力を超えます。水源の水質も変わります。
そして、停電が断水を引き起こします。浄水場もポンプも電気で動いています。マンションの高置水槽への給水も止まります。停電と断水は、連動して起こると考えてください。マンションでの対応はマンションの断水対策にまとめました。
屋根に積もる重さ
三十センチで家が潰れると聞いても、実感しにくいと思います。計算してみます。
乾いた火山灰は、厚さ一センチあたり一平方メートルにつきおよそ十キロになります。濡れると、一・五倍ほどに増えます。屋根の面積を百平方メートルとすると、次のようになります。
| 降灰の厚さ | 乾いた状態 | 濡れた状態 |
|---|---|---|
| 10センチ | 約10トン | 約15トン |
| 20センチ | 約20トン | 約30トン |
| 30センチ | 約30トン | 約45トン |
相模原市付近の想定である二十センチで、濡れれば三十トンです。大型トラック数台分が屋根に乗っている状態だと考えてください。
新雪であれば、同じ厚さでも重さは十分の一程度です。雪かきの感覚で灰を考えると、判断を誤ります。そして雪は溶けますが、灰は溶けません。取り除かないかぎり、そのまま残り続けます。
国が示している四つの段階
内閣府は、広い範囲に灰が降る事態への対策として、降灰の量に応じた段階を示しています。
| 段階 | 降灰の量 | 基本的な考え方 |
|---|---|---|
| ステージ1 | 3センチ未満 | 屋内での退避が中心 |
| ステージ2 | 3センチ以上30センチ未満 | 状況に応じた対応 |
| ステージ3 | 2と同じ量でも被害が比較的大きい場合 | より慎重な判断 |
| ステージ4 | 30センチ以上 | 原則として避難 |
ここから読み取っていただきたいのは、三十センチが避難の境界だということです。
つまり、新宿で十センチという想定であれば、避難ではなく、その場にとどまることになります。灰が降り続け、電気も水も止まった家の中で、数日から数週間を過ごす。これが、首都圏の多くの人にとっての現実的な想定です。
だからこそ、備えの形が決まります。逃げるための備えではなく、とどまるための備えです。
火口の近くで起きること
首都圏の話を中心にしてきましたが、山の近くではまったく別の現象が起こります。
噴石。大きなものは風の影響を受けず、火口からおおむね二キロから四キロの範囲に落下します。屋根を突き破る力があります。
火砕流。高温の火山灰と岩塊、ガスが一体となって斜面を流れ下ります。速度は時速百キロを超えることもあり、逃げられません。事前にその範囲から出ておく以外に方法がありません。
溶岩流。多くの場合、歩く速さ以下で進みます。人が逃げる時間はありますが、通り道にあるものはすべて失われます。二〇二一年に改定された富士山のハザードマップでは、想定される到達範囲が以前より広がりました。
融雪型の泥流。富士山には雪があります。噴火の熱で雪がとければ、水と土砂が混ざって谷を流れ下ります。これは、火口から数十キロ先まで到達することがあります。
山麓の市町村では、これらを想定した避難計画が作られています。該当する地域にお住まいなら、自分の地区がどのタイミングで避難することになっているかを確認しておいてください。
そして、山麓と首都圏では、備えの中身がまったく違います。山麓では「どこへ、いつ逃げるか」が中心になり、首都圏では「どれだけ持ちこたえられるか」が中心になります。同じ噴火でも、距離によって問われるものが変わる。ここを取り違えないでください。
噴火の前に、何が起きるのか
ある日突然、何の前ぶれもなく噴火するのか。ここも整理しておきます。
マグマが上がってくるタイプの噴火では、地下の動きが観測に表れることが多いとされています。火山性地震の増加、山体のわずかな膨張、火山ガスの放出量の変化。富士山は常時観測火山ですから、こうした変化は監視されています。
変化が確認されれば、噴火警戒レベルが引き上げられます。レベル3で登山ができなくなり、レベル4で高齢の方などが避難を始め、レベル5で居住地域からの避難となります。
ただし、期待しすぎないでください。前ぶれから噴火までの時間が、どれくらいあるかは分かりません。数か月かもしれませんし、数日かもしれません。そして、前ぶれが小さいまま噴火する可能性も残ります。二〇一四年の御嶽山は、噴火警戒レベル1のまま噴火しました。
ですから、備えの考え方はこうなります。レベルが上がったら動く。しかし、レベルが低いことを備えない理由にはしない。
働く人と、通勤する人への影響
首都圏の話として、もう少し具体的に想像しておきます。
帰宅困難になります
鉄道は微量の灰で止まります。バスも、道路に灰が積もれば走れません。平日の昼間に噴火が始まれば、大量の帰宅困難者が発生します。
しかも、地震のときとは条件が違います。地震であれば、徒歩で帰るという選択肢があります。ところが灰が降っているあいだは、外を歩くこと自体が困難です。目を開けていられず、呼吸も苦しくなります。防じんマスクとゴーグルがなければ、数キロ歩くのも危険です。
職場に防じんマスクを置いておく、あるいは通勤かばんに入れておく。これは、首都圏で働く方にとって現実的な備えです。
在宅勤務も止まります
「家で仕事をすればよい」と考えたくなりますが、停電すればパソコンも通信も使えません。基地局にも非常用電源の限界があります。
灰による災害では、逃げることも、家で働くこともできなくなる可能性があります。この点が、ほかの災害と大きく違うところです。
企業の備えとして
事業を続ける計画を持っている組織であれば、地震や水害は想定に入っていることが多いはずです。そこに降灰が入っているかどうかを、一度確認してみてください。
従業員が出社できない期間の長さ、精密機器を守る方法、空調の吸気口をどうするか。地震とはまったく違う対策が必要になります。
灰は、誰が片づけるのか
降った灰は、誰かが取り除かないかぎり消えません。ここが、雪と決定的に違います。
自治体が道路の除灰を行いますが、順番があります。まず緊急車両が通る幹線道路、次に主要な道路、そして生活道路。住宅街の細い道は、どうしても後回しになります。
そして、集めた灰をどこへ運ぶかという問題があります。首都圏に十センチ積もれば、量は膨大です。置き場所の確保が、大きな課題になります。災害廃棄物の仮置き場と同じ論点です。この考え方は災害ごみの出し方でも扱っています。
自宅の敷地内の灰は、原則として自分で片づけることになります。ただし、出し方と回収の方法は自治体が決めます。勝手に道路へ掃き出さないでください。除灰作業の妨げになりますし、風で再び舞い上がります。
首都圏で、いま備えられること
噴火の時期は誰にも分かりません。ただ、備えの中身は今日そろえられます。
特別に必要なもの
防じんマスク。家族の人数分です。布マスクや一般的な不織布マスクでは足りません。火山灰の粒子は非常に細かく、隙間から入ります。国家検定に合格した防じんマスクを、事前に用意してください。
ゴーグル。火山灰は角張っていて、角膜を傷つけます。コンタクトレンズは外してください。
ラップと養生テープ。窓やドア、換気口のすき間をふさぐために使います。
丈夫なポリ袋。灰を集めるために使います。
ほかの災害と共通するもの
水と食料。停電と断水が同時に起こる前提で、最低でも一週間分。備蓄の考え方は非常食の比較データが参考になります。
携帯トイレ。断水したときに水の消費を大きく減らせます。
電池式のラジオ。停電と通信障害に備えます。選び方は防災ラジオの選び方にまとめました。
常備薬の予備。受診も薬局の利用も、しばらくできなくなります。
並べてみると、火山灰のための特別な備えは、防じんマスクとゴーグル、ラップと養生テープくらいです。残りは、地震や水害の備えと重なります。すでに備蓄がある方なら、追加する物はわずかです。
家族で決めておくこと
灰が降りはじめると、鉄道が止まり、道路も使えなくなります。ということは、家族がばらばらの場所にいる状態で、合流できなくなる可能性があります。
決めておきたいことを挙げます。
一、その場にとどまるという原則を共有する。灰の中を無理に移動するより、それぞれが安全な建物の中にいるほうが確実です。学校であれば学校に、職場であれば職場に。迎えに行かない、という取り決めが必要になる場面があります。
二、連絡の手段を複数持つ。停電と通信障害を想定します。災害用の伝言サービスの使い方を、家族で確認しておいてください。
三、子どもの学校の方針を知っておく。降灰時に児童生徒を帰宅させるのか、学校で保護するのか。地震の場合とは判断が変わる可能性があります。平常時に確認しておく価値があります。
四、それぞれの場所に防じんマスクを置く。家、職場、学校のかばん、車。移動が必要になったとき、これがあるかどうかで行動の幅が変わります。
灰が降りはじめたら
屋内に入り、窓とドアを閉める。すき間はテープでふさぎます。
換気扇とエアコンを止める。外の空気を引き込んでしまいます。二十四時間換気の設備も止めてください。
浴槽に水をためる。断水に備えます。
車をシートで覆うか、屋根のある場所へ移す。
洗濯物と屋外の物を取り込む。
雨どいと排水溝を気にする。灰が詰まると、雨が降ったときにあふれます。
スマートフォンとモバイルバッテリーを充電する。停電が起きてからでは充電できません。
ガソリンを確認する。給油所も営業できなくなる可能性があります。ただし、灰の中を車で移動することは推奨されません。あくまで、噴火の前の段階での準備です。
そして、掃除のときに絶対に水で流さないでください。火山灰は水に溶けません。排水口へ流せば下水管の中で固まり、詰まります。乾いた状態で袋に集め、自治体の指示に従って出してください。詳しい手順は火山灰が降ったらどうする?にまとめました。
よくある質問
富士山はいつ噴火しますか
分かりません。噴火の時期を正確に予測する技術は、現時点では存在しません。ただ、マグマが上がってくるタイプの噴火では、地震や地殻変動といった前ぶれが観測されることが多く、事前に噴火警戒レベルが引き上げられる可能性はあります。予知に頼りきる備えは成り立ちませんが、まったく突然というわけでもありません。
東京にいれば安全ですか
溶岩流や火砕流、噴石は届きません。その意味では安全です。ただし、灰は届きます。国の想定では、新宿区付近で二日後に五センチ以上、十五日目までに約十センチとされています。この量で、鉄道も電気も水道も止まります。命の危険は小さくても、生活は止まります。
三十センチ未満なら避難しなくてよいのですか
国の考え方では、三十センチ以上が原則避難とされています。それ未満では、屋内での退避が中心になります。ただし、建物の状態によって判断は変わります。屋根が傷んでいる建物や古い木造家屋では、三十センチ未満でも危険な場合があります。自治体からの情報に従ってください。
灰は何日で止まりますか
宝永噴火は十六日間続きました。同じ規模なら、二週間以上にわたって灰が降り続ける可能性があります。そして、降り終わってからも、除灰が終わるまで生活は元に戻りません。数週間から数か月という時間が必要になります。
マスクは何を買えばよいですか
国家検定に合格した防じんマスクです。一般的な不織布マスクや布マスクでは、火山灰の細かい粒子を防ぎきれません。噴火が始まってからでは、まず手に入りません。家族の人数分を、平常時に用意しておいてください。子ども用のサイズも忘れずに。
南海トラフ地震と関係がありますか
宝永噴火は、宝永地震のおよそ四十九日後に起きています。地震と噴火の関係を単純に結びつけることはできませんが、大きな地震の後に噴火が起きた実例があることは事実です。備えとしては、両方を別々に考えるのではなく、地震の後に噴火が続く可能性も視野に入れておく、という姿勢が現実的だと思います。
富士山に登っている最中に噴火したらどうすればよいですか
まず、頭を守ってください。ヘルメットがあればかぶり、なければザックを頭の上に構えます。そして、火口から離れる方向、かつ風上へ移動します。山小屋や岩陰など、噴石を防げる場所があればそこへ入ってください。火山灰やガスは風に乗って流れるため、風下へ逃げると煙の中を進むことになります。登る前に、その日の噴火警戒レベルを確認し、ヘルメットを持っていく。この二つを習慣にしてください。
車で避難できますか
灰が積もった道路では、走行が困難になります。乾いた状態でも十センチを超えれば二輪駆動車は通行不能、雨が降れば三センチで支障が出ます。そして、避難する車が一斉に動けば渋滞します。灰の中で立ち往生することは、非常に危険です。避難が必要な地域では、自治体の指示に従い、早い段階で動くことが前提になります。首都圏のように屋内退避が中心の地域では、そもそも車で移動する場面が想定されていません。
ペットはどうすればよいですか
屋内に入れてください。散歩は控えます。やむを得ず外に出した場合は、帰宅後にブラッシングで灰を落としてから室内へ。体をなめて灰を飲み込むことがあります。飲み水にも灰が入らないよう、容器に蓋をするか室内に置いてください。避難する場合の同行については、自治体の方針を平常時に確認しておくことをおすすめします。
火山ハザードマップはどこで見られますか
富士山の周辺の県や市町村が公開しています。溶岩流や火砕流の到達想定範囲、避難の対象地域が示されています。首都圏の降灰については、国や都県が広域の想定を公表しています。地図の読み方はハザードマップの見方・読み方を徹底解説をご覧ください。
まとめ
富士山の噴火について、整理します。
最後の噴火は、一七〇七年の宝永噴火です。南東の斜面で始まり、十六日間続きました。約四十九日前には、南海トラフを震源とする宝永地震が起きています。そして、百キロ離れた江戸にも灰が降りました。
国の想定では、同じ規模の噴火で、相模原市付近に二日後で約二十センチ、新宿区付近にも二日後で五センチ以上、十五日目までに約十センチの灰が積もるとされています。
被害が始まる厚さは、想像よりはるかに薄いものです。鉄道は微量の灰で止まり、三ミリの灰に雨が加われば停電します。三センチで自動車に支障が出はじめ、乾いた状態でも十センチを超えれば二輪駆動車は走れません。そして三十センチを超えて雨が降れば、木造家屋が倒壊するおそれがあります。
国が示す四つの段階では、三十センチ以上が原則避難です。裏を返せば、首都圏の多くの地域では、避難ではなく、その場にとどまることになります。電気も水も止まった家の中で、数日から数週間を過ごす前提で備えてください。
必要なのは、防じんマスク、ゴーグル、ラップと養生テープ、そして水と食料、携帯トイレ、電池式ラジオ、常備薬です。火山灰のための特別な物は、最初の四つだけです。残りは、地震や水害の備えと共通します。
最後にひとつ。富士山は、三百年以上静かなままです。静かであることは、終わったことを意味しません。そして、その静けさが続いているあいだが、備える時間です。
防じんマスクを家族分そろえる。ハザードマップで自分の地域の想定を見る。この二つなら、今日のうちにできます。
最後に、この災害の性格についてもう一度書かせてください。
富士山の噴火は、多くの日本人にとって「絵になる災害」です。赤い溶岩、噴煙、そして雪をかぶった山が火を噴く映像。想像しやすく、だからこそ現実味を持ちにくい。
けれども、首都圏に住む三千万人以上の人にとって、この災害はまったく地味な形でやってきます。灰色の空、止まった電車、消えた明かり、出ない水。そして、外に出られないまま過ぎていく日々です。
劇的ではありません。しかし、生活は確実に止まります。そして、止まっている期間が長い。降灰が終わってからも、除灰が済むまでは元に戻りません。
だからこそ、備えの本質は「持ちこたえる力」になります。水があるか、食べるものがあるか、電池があるか、薬があるか。そして、外に出ずに済む状態を、何日つくれるか。
この問いは、地震でも、大雨でも、大雪でも同じです。富士山の噴火に備えることは、ほかのすべての災害に備えることと、ほとんど同じ意味を持ちます。だから、特別なことを始める必要はありません。すでに始めていることを、あと少し確実にするだけです。

