【この記事の要約】
プレクーリングとは、暑い場所で活動する前にあらかじめ身体を冷やし、深部体温の上昇を遅らせる熱中症対策です。暑くなってから冷やすのではなく、暑くなる前に冷やす。この順番が要点です。代表的な方法が、シャーベット状の飲料であるアイススラリーの摂取です。目安は体重1キロあたり7.5グラム、体重70キロの方なら約525グラムです。研究では、室温35度の環境で深部体温が最大0.36度、室温25度の環境では最大0.66度下がったと報告されています。つまり、涼しい場所で摂るほうが効果が高いという結果です。厚生労働省の職場の熱中症対策でも、身体を内部から冷やす方法として言及されています。この記事では、仕組み、具体的なやり方、職場や部活動での取り入れ方、注意点までを整理します。
結論:暑くなってからでは遅い。動く前に冷やす
先に結論をお伝えします。プレクーリングは「暑さを感じてから対処する」という発想を逆転させた対策です。
従来の熱中症対策は、こまめな水分補給と休憩が中心でした。これは今も基本です。しかし、いずれも体温が上がり始めてからの対応です。
プレクーリングは違います。作業や運動を始める前に、あらかじめ深部体温を下げておきます。出発点を低くすることで、危険な領域に達するまでの時間を稼ぐという考え方です。
最も手軽なのが、アイススラリーを飲むことです。氷を細かく砕いた飲料で、体内から冷やせます。
屋外の作業前、部活動の前、真夏の外出前。この3つの場面で試す価値があります。特別な設備は要らず、冷凍庫さえあれば今日から始められます。
プレクーリングとは何か
言葉の意味から整理します。プレ(pre)は「前もって」、クーリング(cooling)は「冷やすこと」です。つまり事前冷却です。
もともとはスポーツ科学の分野で発展した手法です。暑い環境での競技において、持久力の低下を防ぐ目的で研究されてきました。
近年は、労働現場の熱中症対策として注目されています。厚生労働省が示す職場の熱中症予防でも、身体を内部から冷やす方法として位置づけられています。
なぜ「前もって」なのか
ここが理解の核心です。理由を説明します。
人の体温には、皮膚の表面温度と、内臓や脳の温度である深部体温があります。熱中症で問題になるのは深部体温です。
深部体温は、簡単には変わりません。安定しているからこそ、上がり始めたときに下げるのは難しいのです。
暑い場所で活動すると、筋肉が熱を生み、深部体温がじわじわ上がります。ある水準を超えると、身体は危険な状態になります。
ここで発想を変えます。上がるのを止められないなら、スタート地点を下げておけばよい。これがプレクーリングの考え方です。
たとえば、深部体温が37.0度から始まる場合と、36.5度から始まる場合。同じ速度で上がるなら、危険域に達するまでの時間が変わります。その差が、安全に活動できる時間になります。
深部体温という指標を知っておく
プレクーリングを理解するには、深部体温の知識が役に立ちます。
深部体温とは、身体の中心部の温度です。脳や内臓を正常に働かせるため、通常は37度前後に保たれています。
脇の下で測る体温は、これより低めに出ます。皮膚に近い場所だからです。深部体温を正確に測るには、専用の機器が必要になります。
| 深部体温の目安 | 身体の状態 |
|---|---|
| 36〜37度台前半 | 通常の範囲 |
| 38度台 | 持久的なパフォーマンスが落ち始める |
| 39度台 | 熱中症のリスクが高まる |
| 40.0度以上 | 重症(分類上のIV度)にあたる水準 |
この表を見ると、余裕が小さいことが分かります。通常が37度前後で、40度で重症です。わずか3度の幅しかありません。
だからこそ、0.3度や0.6度の差が意味を持ちます。プレクーリングで得られる効果は、数字だけ見れば小さく見えます。しかし、この狭い幅の中では十分に大きな差です。
プレクーリングの2つのやり方
方法は大きく2つに分かれます。身体の内側から冷やすか、外側から冷やすかです。
| 種類 | 具体的な方法 | 特徴 |
|---|---|---|
| 内部冷却 | アイススラリー、冷水の摂取 | 手軽で、深部体温に直接働きかける |
| 外部冷却 | アイスベスト、冷水浸漬、送風、氷嚢 | 装備が要るが、体感の涼しさが大きい |
実務で取り入れやすいのは内部冷却です。飲むだけで済み、特別な設備が要りません。
一方、外部冷却は準備が必要ですが、組み合わせると効果が高まるとされています。
アイススラリーという方法
内部冷却の代表がアイススラリーです。詳しく説明します。
アイススラリーとは、微細な氷と液体が混ざったシャーベット状の飲料です。スポーツドリンクを凍らせて砕いたようなものだと考えてください。
なぜ普通の冷たい飲み物より効くのか
ここが面白いところです。氷が水に変わるとき、周囲から大量の熱を奪います。融解熱と呼ばれる現象です。
つまりアイススラリーは、体内に入ってから溶ける過程で、身体の熱を吸収します。単に冷たい液体を飲むより、多くの熱を奪えるわけです。
研究では、この差がはっきり示されています。室温35度の環境で、4度の冷たい飲料を摂った場合の深部体温の低下は最大0.13度でした。一方、アイススラリーでは最大0.36度でした。約2.8倍の差です。
どれくらい飲めばよいか
目安は体重1キロあたり7.5グラムとされています。
| 体重 | 目安量 |
|---|---|
| 50キロ | 375グラム程度 |
| 60キロ | 450グラム程度 |
| 70キロ | 525グラム程度 |
| 80キロ | 600グラム程度 |
500ミリリットルのペットボトル1本程度と考えると、イメージしやすいでしょう。
一度に飲み切る必要はありません。活動を始める15分から30分ほど前を目安に、少しずつ時間をかけて摂るのが現実的です。
涼しい場所で飲むほうが効果が高い
これは意外に思われるかもしれません。しかし、研究結果はそう示しています。
| 条件 | 深部体温の最大低下 |
|---|---|
| 室温25度でアイススラリー | 0.66度 |
| 室温35度でアイススラリー | 0.36度 |
| 室温35度で4度の冷飲料 | 0.13度 |
涼しい環境で摂ったほうが、暑い環境で摂るより約1.8倍の効果がありました。さらに、涼しい環境では摂取から60分後も0.6度の低下が維持されたと報告されています。
実務への示唆は明快です。炎天下に出てから飲むのではなく、エアコンの効いた室内で飲んでから出る。同じものを飲むのに、順番を変えるだけで結果が変わるということです。
私が現場の方にお伝えしたいのは、まさにこの点です。休憩室で飲んでから作業に向かう。それだけで効果が変わります。
市販品と手作り
アイススラリーは市販されています。パウチ入りで凍らせて使うタイプが一般的です。
手作りもできます。スポーツドリンクを製氷皿で凍らせ、砕いて元の液体と混ぜる方法です。ミキサーがあれば簡単に作れます。
ただし、糖分と塩分の濃度が薄まりすぎないよう注意してください。水だけで作ると、電解質が補えません。
外部冷却という選択肢
身体の外側から冷やす方法も見ていきます。
冷やす場所には優先順位がある
身体のどこを冷やすかで、効率が変わります。太い血管が皮膚の近くを通る場所が有効です。
- 首の側面(頸動脈)
- 脇の下(腋窩動脈)
- 脚の付け根(大腿動脈)
この3か所を冷やすと、冷えた血液が全身に回ります。手のひらや足の裏も、熱の出入りが多い部位として知られています。
主な外部冷却の方法
| 方法 | 内容 | 向いている場面 |
|---|---|---|
| アイスベスト | 保冷剤を入れたベストを着用する | 屋外作業、スポーツの試合前 |
| 冷水浸漬 | 手足を冷水に浸ける | 設備のある競技現場 |
| 氷嚢・保冷剤 | 首や脇を局所的に冷やす | 手軽で誰でもできる |
| 送風と気化 | 霧吹きで濡らして風を当てる | 屋外での応急的な冷却 |
| 冷却タオル | 水で濡らして首に巻く | 日常的な暑さ対策 |
費用と手間を考えると、まずは保冷剤と冷却タオルから始めるのが現実的です。どちらも数百円から手に入ります。
組み合わせると効果が高まる
内部冷却と外部冷却は、どちらか一方を選ぶものではありません。併用が可能です。
アイススラリーを飲みながら、首に保冷剤を当てる。これだけでも、単独より効果が期待できます。
暑熱順化との関係を整理する
熱中症対策には、暑熱順化という考え方があります。プレクーリングと混同されることがあるので、違いを整理します。
暑熱順化とは、暑さに身体を慣らしていくことです。数日から2週間ほど、暑い環境で適度に汗をかく生活を続けると、汗の量が増え、体温を下げる働きが高まります。
| 項目 | 暑熱順化 | プレクーリング |
|---|---|---|
| 目的 | 暑さに強い身体をつくる | その日の体温上昇を遅らせる |
| 必要な期間 | 数日から2週間 | 活動の直前 |
| 効果の持続 | 続けている限り保たれる | その日限り |
| 始める時期 | 暑くなる前の時期から | 暑い日の当日 |
この2つは、対立するものではありません。役割が違います。
暑熱順化は土台づくりです。プレクーリングは、その日の応急的な上積みです。両方あってこそ、暑さへの備えが完成します。
順化していない人ほど効果が意味を持つ
ここで注意していただきたい点があります。暑さに慣れていない人ほど、熱中症のリスクが高いという事実です。
典型的なのが、梅雨明け直後です。急に気温が上がると、身体が追いつきません。この時期に熱中症の搬送者が急増する傾向があります。
また、久しぶりに屋外作業に戻った人、休み明けの部活動、転勤で暑い地域へ来たばかりの人も同様です。
こうした状況では、順化を待つ時間がありません。プレクーリングのような即効性のある手段が、現実的な選択肢になります。
いつやるのが正しいか
タイミングを整理します。冷却は、活動の前後で呼び方が変わります。
| 呼び方 | タイミング | 目的 |
|---|---|---|
| プレクーリング | 活動を始める前 | 深部体温の出発点を下げる |
| ミッドクーリング | 活動の途中や休憩中 | 上がった体温を戻す |
| ポストクーリング | 活動の後 | 回復を早める |
この3つは、どれも意味があります。ただし優先度をつけるなら、まずプレクーリングです。予防のほうが、対処より確実だからです。
実務では、次のような流れになります。
- 作業や運動の15〜30分前、涼しい場所でアイススラリーを摂る
- 必要に応じて首や脇に保冷剤を当てる
- 活動を開始する
- 休憩のたびに涼しい場所へ戻り、冷たいものを摂る
- 終了後も身体を冷やし、水分と塩分を補う
職場で取り入れる場合
労働現場での熱中症対策は、法令上の位置づけが強まっています。
労働安全衛生規則の改正により、暑さ指数(WBGT)28度以上、または気温31度以上が見込まれる作業では、事業者に一定の措置が求められるようになりました。熱中症の自覚症状がある作業者を把握できる体制の整備などが含まれます。
この文脈で、プレクーリングは有効な選択肢のひとつです。設備投資が小さく、導入しやすいためです。
導入の手順
- 休憩室や詰所に冷凍庫を置き、アイススラリーを常備する
- 朝礼や作業前ミーティングの時間に摂取する運用にする
- WBGTを計測し、基準を超えた日は必ず実施する
- 保冷剤とクーラーボックスを現場に持ち込む
- 効果と負担を作業者に聞き取り、運用を調整する
大切なのは、個人の努力に任せないことです。仕組みとして作業手順に組み込んでしまえば、実施率は自然と安定します。
形だけの導入で終わらせない
導入してもうまくいかない例があります。原因はだいたい共通しています。
ひとつは、置いてあるだけで飲まれないことです。「自由に取ってよい」という運用だと、遠慮して手を出さない人が出ます。特に若手や新しく入った方に多く見られます。
対策は単純です。全員で摂る時間を決めることです。朝礼の後、あるいは作業前の点呼のタイミングに組み込めば、誰も遠慮しません。
もうひとつは、暑い日だけ特別に実施する運用です。判断が現場任せになると、実施率が下がります。
暑さ指数が何度を超えたら実施する、と基準を数字で決めてください。判断に迷いがなくなります。
費用の考え方
市販のアイススラリーは1個あたり数百円程度です。毎日全員に配ると、それなりの金額になります。
ただし、熱中症による労働災害が発生した場合の損失と比べてください。治療費、休業補償、作業の中断、信用の低下。桁が変わります。
費用を抑えたい場合は、スポーツドリンクを凍らせる方式でも構いません。製氷機と保冷容器があれば運用できます。
職種ごとに適した取り入れ方
同じ屋外作業でも、現場の条件によって使える方法が変わります。代表的な職種で整理します。
| 職種 | 現場の制約 | 向いている方法 |
|---|---|---|
| 建設・土木 | 移動が多く、冷凍設備が現場にない | クーラーボックスにアイススラリーを保冷して持ち込む |
| 製造・工場 | 屋内だが高温になる。休憩室がある | 休憩室に冷凍庫を置き、休憩ごとに摂る |
| 物流・配送 | 車内が高温になり、単独行動が多い | 出発前の摂取と、車載保冷ボックスの併用 |
| 農業 | 早朝から作業し、休憩場所が限られる | 作業前の摂取と、日陰での冷却タオル |
| 警備・交通誘導 | その場を離れられない時間が長い | 交代前の摂取とアイスベストの着用 |
| 清掃・造園 | 体を大きく動かし、発熱量が多い | 作業前の摂取に加え、こまめな首の冷却 |
共通する課題は、冷たい状態をどう保つかです。せっかく用意しても、現場に着くころに溶けていては意味が薄れます。
クーラーボックスと保冷剤の組み合わせが基本になります。移動時間が長い現場ほど、この準備が重要です。
単独で作業する人ほど重要
特に注意していただきたいのが、一人で作業する職種です。
熱中症の怖さは、症状が進むと自分で判断できなくなる点にあります。周囲に人がいれば異変に気づいてもらえますが、単独作業ではそれが期待できません。
だからこそ、予防に重みが出ます。倒れてから助けを呼ぶのではなく、倒れない状態をつくる。プレクーリングはその一手になります。
あわせて、定期的な連絡の仕組みも整えてください。1時間おきに無線や電話で状況を確認する。それだけで発見が早まります。
スポーツ・部活動での活用
もともとスポーツ科学の手法ですので、競技現場との相性は良好です。
試合前や練習前に実施します。特に、屋外で長時間動く競技では意味が大きくなります。
学校の部活動で取り入れる場合、注意したい点があります。
まず、生徒の体重に応じて量が変わります。小柄な生徒に大人と同じ量を与えるのは適切ではありません。
次に、冷やすことで危険を見落とさないことです。体感が涼しくなると、無理をしてしまうことがあります。プレクーリングは活動時間を延ばす免罪符ではありません。
そして、暑さ指数が高い日は、中止という判断が最優先です。冷やしたから実施できる、という考え方は避けてください。
日常生活での取り入れ方
特別な現場でなくても、活用できる場面があります。
- 真夏の通勤前に、冷たいものを摂ってから家を出る
- 屋外イベントや野外フェスに行く前に飲む
- 草むしりや庭仕事の前に、日陰で冷やしてから始める
- 子どもの運動会や部活の応援に行く前に摂る
- 農作業の前、休憩の入るたびに実施する
いずれも共通するのは、外に出る前に冷やすという点です。玄関を出てからでは遅い、と覚えてください。
防災の現場でも役立ちます
ここまで職場やスポーツの話をしてきました。私が特にお伝えしたいのは、災害時こそこの考え方が効くという点です。
夏の災害では、暑さそのものが被害になります。停電でエアコンが止まり、避難所には多くの人が集まり、屋外では復旧作業が続きます。
停電した室内は屋外より危険になりうる
エアコンが止まった住宅は、時間とともに室温が上がります。日中に閉め切っていれば、屋外より暑くなることもあります。
実際、熱中症で搬送される方の多くは屋内で発症しています。停電が加われば、その状況はさらに悪化します。
停電の予兆がある日、あるいは台風の接近が分かっている日は、冷凍庫でスポーツドリンクを凍らせておいてください。停電後の数時間、身体を冷やす手段になります。
保冷剤を多めに凍らせておくのも有効です。冷蔵庫の保冷にも、身体の冷却にも使えます。
片付けや復旧作業の前に
浸水や倒壊のあとの片付けは、想像以上の重労働です。しかも防塵マスクや長靴、厚手の手袋を着けるため、身体に熱がこもります。
作業を始める前に冷やしておく。この一手間が、二次的な被害を防ぎます。
災害後の熱中症は、見落とされやすい被害です。地震や水害そのものを生き延びた方が、その後の作業で倒れる。こうした事例は繰り返し起きています。
避難所での応用
避難所では、多くの人が同じ空間で過ごします。人の熱と湿気で、室温は上がりやすくなります。
大規模な冷房設備がない場合、個人でできる冷却が意味を持ちます。首に濡れタオルを巻く、冷たい飲み物を確保する。基本的なことですが、効果があります。
高齢の方は、暑さを感じにくくなっていることがあります。声をかけて、水分と冷却を促してください。
注意すべきこと
有効な手法ですが、万能ではありません。気をつけたい点を挙げます。
冷やしすぎない
身体を過度に冷やすと、筋肉の働きが落ちることが指摘されています。競技であれば、パフォーマンスに影響する可能性があります。
また、急激に冷たいものを大量に摂ると、腹痛を起こすことがあります。少しずつ摂ってください。
持病のある方は相談してから
心臓や血管に持病のある方、糖尿病で食事管理をしている方は、事前に主治医へ相談してください。
アイススラリーには糖分が含まれます。血糖の管理をしている方には、量や種類の調整が必要です。
これは自己判断で進めるべきではない部分です。必ず専門家の意見を仰いでください。
基本の対策の代わりにはならない
最も強調したいのがこれです。プレクーリングは、水分補給や休憩の代わりにはなりません。
あくまで、既存の対策に加える一手です。これをやったから水分補給を減らしてよい、という話ではありません。
熱中症対策は積み重ねです。暑さ指数の把握、服装の工夫、休憩の確保、水分と塩分の補給。その上にプレクーリングを乗せてください。
効果には個人差がある
紹介した数値は、研究で示された平均的な傾向です。すべての人に同じ効果が出るとは限りません。
体格、暑熱への慣れ、当日の体調によって変わります。自分に合うかどうかは、無理のない範囲で試しながら判断してください。
私がこの方法に注目する理由
私は北海道の札幌に住んでいます。かつて北海道は、夏が涼しい土地でした。
しかし近年は事情が変わりました。真夏日が続く年も珍しくありません。エアコンのない住宅が多い地域で気温が上がると、被害は本州以上に深刻になります。
暑さに慣れていない身体は、熱中症になりやすいことが知られています。暑熱順化ができていないためです。
そうした地域にとって、プレクーリングは相性の良い対策だと私は考えています。設備がなくても、飲むだけで実践できるためです。
「冷やす」という発想が広まってほしい
熱中症対策というと、水分補給ばかりが語られてきました。もちろん重要です。
しかし、水を飲んでも体温そのものが下がるわけではありません。上がり続ける体温を、どう抑えるか。ここに目を向けてほしいと思っています。
首を冷やす、日陰に入る、そして事前に冷やしておく。この積み重ねが、命を守ります。
もうひとつ、私が申し上げたいことがあります。プレクーリングは、我慢を前提にしない対策だという点です。
熱中症対策の話は、しばしば根性論と結びついてきました。水を飲むな、休むなという指導が、かつては当たり前でした。いまはその誤りが広く知られています。
しかし現場では、休憩を言い出しにくい空気が残っていることがあります。そういう場所ほど、冷たいものを配る運用が効きます。個人の申し出ではなく、仕組みとして冷やせるためです。
対策は、続けられる形にして初めて意味を持ちます。
よくある質問
Q. プレクーリングとは何ですか
A. 暑い環境で活動する前に、あらかじめ身体を冷やして深部体温の上昇を遅らせる熱中症対策です。もともとスポーツ科学の手法で、近年は労働現場でも取り入れられています。暑くなってから冷やすのではなく、暑くなる前に冷やす点が特徴です。
Q. アイススラリーはどのくらい飲めばよいですか
A. 目安は体重1キロあたり7.5グラムです。体重70キロの方なら約525グラム、500ミリリットルのペットボトル1本程度になります。活動の15分から30分前に、少しずつ摂ってください。
Q. どのくらい体温が下がりますか
A. 研究では、室温35度でアイススラリーを摂った場合に最大0.36度、室温25度では最大0.66度の低下が報告されています。小さな数字に見えますが、通常37度前後で40度が重症域という狭い幅の中では意味のある差です。
Q. 普通の冷たい飲み物では代わりになりませんか
A. 効果は下がります。同じ研究で、4度の冷たい飲料では最大0.13度の低下でした。アイススラリーの約3分の1程度です。氷が溶けるときに熱を奪う性質が、この差を生んでいます。
Q. 暑い場所と涼しい場所、どちらで飲むべきですか
A. 涼しい場所です。研究では、室温25度で摂取したほうが35度で摂取するより約1.8倍の効果がありました。さらに60分後も0.6度の低下が維持されています。屋内で摂ってから外へ出る流れが効率的です。
Q. 手作りできますか
A. できます。スポーツドリンクを凍らせて砕き、元の液体と混ぜる方法が一般的です。ミキサーがあれば簡単です。ただし水だけで作ると電解質が補えないため、スポーツドリンクや経口補水液を使ってください。
Q. 身体の外側から冷やす方法もありますか
A. あります。アイスベスト、冷水への手足の浸漬、首や脇への保冷剤の当て方などです。首の側面、脇の下、脚の付け根は太い血管が皮膚の近くを通るため、効率よく冷やせます。内部冷却との併用も可能です。
Q. 冷やしすぎると問題はありますか
A. 過度な冷却は筋肉の働きを低下させることが指摘されています。また、冷たいものを一度に大量に摂ると腹痛を起こすことがあります。少しずつ摂り、体感が寒いと感じるほどは冷やさないでください。
Q. 誰でもやってよいですか
A. 心臓や血管に持病のある方、血糖の管理をしている方は、事前に主治医へ相談してください。アイススラリーには糖分が含まれます。自己判断で進めず、専門家の意見を仰いでいただきたい部分です。
Q. 暑熱順化とはどう違いますか
A. 目的と時間軸が違います。暑熱順化は数日から2週間かけて暑さに強い身体をつくる取り組みです。プレクーリングは活動直前に行い、その日の体温上昇を遅らせます。土台づくりと当日の上積み、という関係です。両方を組み合わせてください。
Q. かき氷やアイスクリームでも代用できますか
A. 一定の冷却効果は期待できますが、代用としては不十分です。アイススラリーは水分と電解質を同時に補える点に意味があります。アイスクリームは脂肪分が多く、必要な量を摂ると胃に負担がかかります。まずは水分補給ができる形を優先してください。
Q. 災害時にも使えますか
A. 有効です。停電でエアコンが止まった室内は、屋外より暑くなることがあります。台風の接近が分かっている日は、スポーツドリンクを凍らせておいてください。浸水後の片付けなど、装備を着けた重労働の前にも役立ちます。
Q. これをやれば水分補給は減らしてよいですか
A. いいえ。プレクーリングは既存の対策に加える一手であり、水分補給や休憩の代わりにはなりません。暑さ指数の確認、服装の工夫、休憩の確保。これらを土台とした上で取り入れてください。
まとめ
プレクーリングについて、要点を整理します。
- 活動前に身体を冷やし、深部体温の出発点を下げる手法
- 暑くなってから冷やすのではなく、暑くなる前に冷やす
- 代表的な方法はアイススラリーの摂取
- 目安は体重1キロあたり7.5グラム、70キロなら約525グラム
- 室温35度で最大0.36度、室温25度で最大0.66度の低下が報告されている
- 4度の冷飲料では0.13度にとどまり、アイススラリーのほうが有効
- 涼しい場所で摂るほうが効果が高く、60分後も維持される
- 外部冷却は首・脇の下・脚の付け根が効率的
- 職場ではWBGT28度以上の日の運用として組み込める
- 水分補給や休憩の代わりにはならない
暑さは年々厳しくなっています。従来の対策だけでは追いつかない場面が増えました。
プレクーリングは、特別な設備がなくても始められます。冷凍庫にスポーツドリンクを入れておく。それだけで、明日から実践できます。
この夏、外に出る前のひと手間を、習慣にしてみてください。玄関を出てからでは間に合いません。冷やすのは、暑い場所へ向かう前です。
この順番さえ覚えていただければ、この記事の目的はほぼ果たせたことになります。



