阪神・淡路大震災とは?死因の77.0%は窒息・圧死|生き埋めの約8割を救ったのは近所の人でした

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【この記事の要約】
結論から言います。助けたのは、消防でも自衛隊でもありませんでした。近所の人です。阪神・淡路大震災では、生き埋めや閉じ込めにあった方がおよそ35,000人。そのうち約8割が、家族や近隣の住民によって救出されています。警察・消防・自衛隊が救出した約7,900人は、その半数以上が救出時にすでに亡くなっていました。そして死因は窒息・圧死が4,224人、全体の77.0%。そのほとんどが当日、それも短い時間のうちに亡くなっています。つまり「揺れてから逃げる」という発想が成り立ちませんでした。やるべきことは二つです。倒れない家にすること。そして、近所の人を知っておくこと。

目次

結論|備えは、揺れる前にしか間に合いません

この震災には、他の災害と決定的に違う点があります。

時間がありませんでした

亡くなった方の多くが、地震の当日に亡くなっています。それも、発生から短い時間のうちにです。

救助隊が到着したときには、すでに助からない状態でした。道路は寸断され、通信も混乱し、消防車も思うように動けません。

つまり、「公的な救助が来る」という前提が成り立たなかったということです。

だから、やることは二つに絞られます

一つめ。建物が倒れないようにすること。倒れなければ、そもそも埋まりません。

二つめ。近所の人を知っておくこと。埋まったとき、助けに来るのは隣の人です。

この二つは、地震が来てからでは間に合いません。今日やるか、やらないかです。

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何が起きたのか

事実を確認します。

1995年1月17日、5時46分

マグニチュード7.3。震源は淡路島北部沖の明石海峡、深さ約16キロ。

最大震度7が適用された、はじめての地震です。それまで震度7は制度上存在していましたが、実際に適用されたのはこのときが最初でした。

項目
死者 6,434人
行方不明者 3人
負傷者 43,792人
全壊した住宅 104,906棟
半壊した住宅 144,274棟
全焼・半焼した建物 7,132棟

死因の77.0%は、窒息・圧死

亡くなった方の死因で最も多いのが、窒息・圧死で4,224人。全体の77.0%にあたります。

倒れた建物と、家具の下敷きです。

関東大震災は火災が約87%、東日本大震災は溺死が90.6%でした。同じ大地震でも、命を奪ったものはまったく違います。比較は過去の震災は何が人の命を奪ったかにまとめました。

冬の、早朝でした

5時46分。ほとんどの人が、まだ眠っていた時間です。

寝ているあいだに、家が崩れました。身を守る動作すら、できなかった方が大勢います。

そして、寝室にいたということは、たいてい家の中でも奥の部屋にいたということです。逃げるにも、玄関までの距離があります。

助けたのは、近所の人でした

この震災から取り出せる、最も重要な事実です。

数字で見ると、こうなります

救出した主体 人数 結果
家族・近隣の住民 およそ27,000人 生存率は8割を超えました
警察・消防・自衛隊 およそ7,900人 その半数以上が、救出時にすでに死亡

生き埋めや閉じ込めにあった方は、およそ35,000人。そのうち約8割を、住民が助け出しています。

内閣府の資料では、救助された方の98%が、自力または家族・近隣の人の力によるものだったとされています。

なぜ、こうなるのか

理由は単純です。近くにいるからです。

公的な救助は、優れた装備と技術を持っています。けれど、到着までに時間がかかります。

道路が塞がれ、通報も殺到し、同時多発の現場に人手が足りません。そのあいだに、時間が過ぎていきます。

一方、隣の住人はその場にいます。そして、「あの家には誰が住んでいるか」を知っています。

だから、近所づきあいが備えになります

これは、精神論ではありません。生存率に直結する、実務的な話です。

顔を知っていれば、「あの家には高齢のご夫婦がいる」と分かります。だから、そこへ向かえます。

知らなければ、その家に誰かがいるのかどうかも分かりません。助けようがないのです。

挨拶を交わす関係があるだけで、結果が変わります。これが、最も費用のかからない防災です。

そして、道具が要ります

助けたくても、素手ではどうにもなりません。家庭にあると効くのは、この四つです。

一、バール。建材を持ち上げ、こじ開けるのに使います。

二、ジャッキ。車載のもので構いません。重いものを持ち上げられます。

三、のこぎり。木材を切って、隙間を作ります。

四、厚手の手袋と、底の厚い靴。これがないと、がれきの上で作業できません。

そして、ライトです。暗い中では、何も見えません。

72時間という言葉の意味

災害の報道でよく聞く数字です。この震災から広く知られるようになりました。

生存率が、大きく下がる境目です

がれきの下に閉じ込められた人の生存率は、時間の経過とともに下がっていきます。特に72時間を境に、大きく落ちるとされています。

理由は、水分が取れないことです。食べ物は数日なくても生きられますが、水はそうはいきません。

加えて、圧迫が続くことによる体への負担があります。長時間押しつぶされていた部分が解放されると、かえって状態が悪化することもあります。

だから、最初の数時間が勝負です

72時間と聞くと、「3日間は望みがある」と受け取りがちです。けれど、実際には最初の数時間が最も救える時間帯です。

そして、その時間帯に現場にいるのは、公的な救助隊ではなく、近所の人です。

この震災で住民による救出の生存率が高かったのは、早かったからです。技術ではなく、時間の差です。

声を出せる時間は、短い

閉じ込められた人が助けを呼べるのは、最初のうちだけです。体力が落ちれば、声は出なくなります。

だから、笛が要ります。息を吹き込むだけで、大きな音が出ます。

そして、近くに硬いものがあれば、叩いてください。金属や配管を叩く音は、遠くまで届きます。

捜すときの、具体的な方法

助ける側になったときの話です。

まず、静かにしてください

救助の現場では、「静かに」という指示が出ます。音を聞くためです。

叩く音、うめき声、かすかな返事。これらは、周りが騒いでいると聞こえません。

一斉に声をかけ、そのあと全員で黙る。この繰り返しが、いちばん確実に人を見つけます。

どこを捜すか

寝室です。この震災は5時46分に起きました。人がいた場所は、ほぼ確実に寝床です。

だから、「あの家の寝室はどのあたりか」を知っていることが、救助の速さを決めます。

これも、近所づきあいの効果です。間取りまで知らなくても、「1階に寝ている高齢のご夫婦」と分かるだけで違います。

やってはいけないこと

やってはいけない 理由
一人で建物に入る 余震で崩れれば、助ける側が埋まります
上のがれきから外していく 支えを失い、さらに崩れることがあります
素手で作業する 釘とガラスで、必ずけがをします
火のそばで作業する ガス漏れの可能性があります
無理に引っ張り出す 骨折や内臓の損傷を悪化させます
火を使う(たばこ・ライター) 爆発の危険があります

助ける側が二次災害に遭うと、被害が倍になります。そして、救助の手が一つ減ります。

見つけたら、伝えてください

自分たちで出せない場合は、場所を正確に記録して、消防や救助隊に伝えてください。

住所、建物の特徴、どのあたりから声がしたか。これが分かっていれば、到着後の作業がはるかに速くなります。

そして、その場を離れないでください。誰かがいることを知っているのは、あなただけかもしれません。

地域の備えという考え方

個人でできることには、限りがあります。

自助・共助・公助

防災には、三つの層があるとされています。

自助。自分と家族を守ること。備蓄、家具の固定、避難の判断。

共助。近所や地域で助け合うこと。安否確認、救助、情報の共有。

公助。行政による支援。救助、避難所、支援制度。

この震災が示したのは、大災害の初期において、公助は届かないという事実です。だから、自助と共助の比重が大きくなります。

自主防災組織という仕組み

地域ごとに、住民が主体となって防災に取り組む組織があります。町内会や自治会が母体になっていることが多いところです。

訓練を行い、資機材を備え、誰がどこに住んでいるかを把握しています。

参加が面倒に感じられるかもしれません。けれど、この震災の数字を見れば、その意味が分かります。

要支援者の名簿

多くの自治体が、避難に支援が必要な方の名簿を作っています。

高齢の単身者、障害のある方、乳幼児のいる世帯。登録しておくと、地域の助けが届きやすくなります。

ご自身やご家族が該当するなら、役場の福祉や防災の窓口に相談してください。

訓練は、顔合わせの機会です

正直に申し上げると、防災訓練で身につく技術は限られています。

けれど、そこで会った人の顔を覚えることには、はっきりした価値があります。

訓練の意味は、「災害のときに動ける関係を作ること」だと考えています。技術より、そちらが本体です。

倒れない家にする

そもそも埋まらないことが、いちばん確実です。

二つの境目があります

建築時期 基準 考え方
1981年5月以前 旧耐震基準 診断を強くおすすめします
1981年6月〜2000年5月 新耐震基準 木造なら、接合部の確認を
2000年6月以降 現行の基準 比較的、被害が小さい傾向

この震災で被害が集中したのは、1981年より前に建てられた建物でした。そして、その教訓が2000年の基準改正につながっています。

診断の費用には補助金があります。ただし、交付決定の前に契約や着工をすると対象外になります。手順は耐震診断と補助金にまとめました。

家具の固定は、今日できます

耐震補強には費用がかかります。けれど、家具の固定は数千円から始められます。

優先順位は、はっきりしています。

一、寝室の家具。寝ているあいだに倒れてくるものが、いちばん危ない。

二、出入口を塞ぐ位置の家具。逃げ道を確保します。

三、背が高く、重いもの。本棚、食器棚、タンス、冷蔵庫。

四、ガラスのある扉。留め具を付け、飛散防止フィルムを貼ります。

この震災では、倒れた家具が人を押しつぶし、同時に逃げ道を塞ぎました。二重に危険です。

寝る場所を、見直してください

費用ゼロでできる、最も効果的な対策です。

頭の上に、何がありますか。照明、額、棚、エアコン。

寝床の周りに、倒れてくるものはありますか。

ドアまでの経路に、家具はありますか。

置き場所を変えるだけで、危険は大きく減ります。今夜、寝る前に見回してみてください。

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火災も起きました

圧死が中心の震災ですが、火事も無視できません。

出火原因の多くは、電気でした

この震災では、出火原因が判明した火災のおよそ6割が、電気に関係するものだったとされています。

倒れた電気ストーブ、傷ついたコード、断線した配線。そこへ、復旧した電気が流れました。

これが通電火災です。誰もいない家から、数日後に火が出ます。

だから、ブレーカーを落としてください

避難するときに、分電盤のブレーカーを落とす。これだけで防げます。

費用ゼロ、時間は数秒です。けれど、慌てているときに思い出せる人は多くありません。

だから、感震ブレーカーという装置があります。揺れを感知して、自動的に電気を止めます。簡易なタイプなら数千円です。

仕組みは電気火災とは?に、関東大震災との関係は関東大震災とは?にまとめました。

消火栓が、使えませんでした

水道管が壊れ、消火のための水が出ませんでした。これは、関東大震災とまったく同じ構図です。

そして、道が瓦礫で塞がれ、消防車が入れません。大地震のあとの火災は、消せないものだと考えてください。

この震災が変えたもの

いまの防災の仕組みの多くが、ここから生まれています。

ボランティア元年

全国から膨大な数の人が、支援に駆けつけました。1995年が「ボランティア元年」と呼ばれるゆえんです。

この経験から、ボランティアの受け入れや調整の仕組みが整えられていきました。いまの災害ボランティアセンターの原型です。

地震本部が設置されました

地震に関する調査研究を一元的に進めるため、地震調査研究推進本部が設けられました。

いま公開されている全国の地震動予測地図や、活断層の長期評価は、この組織の仕事です。

詳しくは地震本部とは?にまとめました。

耐震基準が見直されました

被害の分析をもとに、2000年に木造住宅の基準が改正されました。接合部の金物や、基礎の仕様が明確になっています。

そして、既存の建物を診断し補強するための制度と補助金も整えられました。

つまり、いま私たちが受け取れる補助金は、6,434人の死の上に作られた制度です。

そのあとに続いた被害

当日で終わった災害ではありません。

ライフラインが、長く止まりました

止まったもの 復旧の傾向
電気 比較的早く戻りました
水道 管を掘り起こす必要があり、長引きました
ガス 一軒ずつ安全を確認するため、最も遅い
電話 回線が混み合い、つながりませんでした
鉄道・道路 高架の倒壊もあり、長期にわたって影響

冬でした。暖房が使えず、風呂にも入れない期間が続きます。

そして、この時期の避難生活が、体力を奪いました。いま言うところの災害関連死につながる問題です。

関連死という考え方が制度として整理されるのは、この震災のあとのことです。そして熊本地震で、その規模が改めて可視化されました。経緯は熊本地震と災害関連死にまとめています。

仮設住宅と、その後の生活

家を失った方が、大量に発生しました。10万棟以上が全壊しています。

仮設住宅が建てられましたが、それまでの地域のつながりは、そこで一度断たれます。

高齢の方が、知らない土地の仮設住宅で孤立する。この問題も、この震災で強く意識されるようになりました。

電話は、つながりませんでした

安否を確かめようと、全国から電話が殺到しました。その結果、被災地の中の連絡もできなくなります。

この経験から、災害用伝言ダイヤルの仕組みが整えられました。

使い方は簡単ですが、知らないと、その場では使えません。毎月1日と15日には体験できる日が設けられています。一度、家族で練習しておいてください。

高速道路が倒れた、ということ

この震災の映像として、多くの人の記憶に残っている光景です。

「壊れないもの」が壊れました

高速道路の高架が横倒しになり、ビルが中間の階でつぶれました。それまで安全だと信じられていた構造物です。

この衝撃は、技術的な見直しだけでなく、人々の認識そのものを変えました。

「近代的な都市は地震に強い」という前提が、成り立たないことが分かったのです。

建物の途中の階が、つぶれました

ビルの中間の階だけが押しつぶされる被害が、複数見られました。その階だけが弱い構造になっていた場合に起きます。

1階が駐車場や店舗で、壁が少ない建物も同じです。柱だけで支える構造は、揺れに弱くなることがあります。

住まいを選ぶときの見方は防災で選ぶ引っ越し先にまとめました。

そして、基準が変わりました

橋やビルの耐震基準は、この震災のあとに見直されています。いま走っている高速道路の橋脚には、補強の跡が残っているものがあります。

被害が、そのまま次の世代の安全になっています。これが、災害から学ぶということの意味です。

1月17日という日付

年に一度、思い出す日があります。

忘れることを前提にした仕組み

人は忘れます。それは責められることではなく、そうでなければ日常を送れないからです。

だから、日付が残されています。1月17日、3月11日、9月1日、1月1日。

年に数回、点検の日として使ってください。備蓄の期限を見て、家族と話す。それで十分です。

日付の使い方は防災用品点検の日は年4回にまとめました。

冬の点検に、ちょうどよい時期です

1月17日は、真冬のさなかです。この時期に確認すべきことがあります。

一、暖房が止まったときの備えがあるか。電気を使わない暖房と、燃料です。

二、水道管の凍結対策はできているか。停電で暖房が止まれば、家の中でも凍ります。

三、寝室に靴とライトがあるか。この震災は、冬の早朝でした。

冬の停電は停電対策【冬編】に、凍結は水道管が凍結したときの対処法にまとめています。

語り継ぐということ

この震災を経験していない世代が、すでに社会の中心になりつつあります。

そして、記録は残っていても、実感は伝わりにくいものです。

だからこそ、数字ではなく行動として伝えるのがよいと考えています。「隣の人が助けてくれた」「だから、挨拶をしておこう」。それだけで、十分に伝わります。

今日できること

五つに絞ります。

一、家の建築年を確かめる。1981年6月より前なら、診断を検討してください。

二、寝室を見回す。頭の上と、逃げ道です。費用はかかりません。

三、家具を固定する。寝室と、出入口の周りから。

四、寝室に靴とライトを置く。割れたガラスの上を、暗い中で歩くことになります。

五、近所の人に挨拶をする。これが、いちばん効いて、いちばん忘れられている備えです。

よくある質問

Q. 救助の道具は、本当に必要ですか

あれば、助けられる人がいます。バールとジャッキは、数千円で買えます。

ただし、無理はしないでください。建物が傾いている、火が近い、余震が続いている。こうした状況では、二次災害が起きます。

救助は、複数人で、安全を確かめながら行うものです。一人で飛び込まないでください。

Q. マンションでも、圧死の危険はありますか

建物自体は倒れにくくできています。けれど、室内の家具は倒れます。

そして、上の階ほど揺れが大きくなります。家具の固定は、高層階でこそ重要です。

停電と断水の問題もあります。仕組みはマンションの断水は停電で起きるにまとめました。

Q. 賃貸なので、家具を壁に固定できません

方法はあります。

突っ張り棒なら、天井と家具のあいだで支えられます。壁に穴を開けません。

粘着式のマットを家具の下に敷けば、滑り出しを抑えられます。

そして、そもそも背の高い家具を置かないという選択もあります。低い家具に替えるだけで、危険は大きく減ります。

負担の分かれ目は賃貸住宅で災害が起きたときの原状回復義務にまとめました。

Q. 近所づきあいが苦手です

親しくなる必要はありません。顔を見たら挨拶をする。それだけで十分です。

大事なのは、「あそこには人が住んでいる」と互いに知っていることです。

そして、集合住宅なら、防災訓練に一度参加してみてください。何人かの顔を覚えられます。それだけで、災害時の動きが変わります。

Q. 一人暮らしです。埋まったら、誰も気づかないのでは

その懸念は、正しいものです。だからこそ、優先順位が変わります。

一、まず、埋まらない家にする。建物と家具です。

二、笛を、手の届く場所に置く。声は長く出せません。笛なら、弱っていても鳴らせます。

三、大家さんや隣の人に、顔を覚えてもらう。安否確認の速さが変わります。

笛は、100円程度で買えます。枕元に置いておくだけです。

Q. 30年前の災害から、学べることはありますか

この記事で挙げた事実は、どれもいまも有効です。

建物は倒れます。家具は凶器になります。救助はすぐに来ません。そして、隣の人が助けに来ます。

技術は進みましたが、倒れた家の下から人を引き出すのは、いまも人の手です。

Q. 家具の固定は、どの方法がいちばん確実ですか

壁のなかの柱に、ネジで留める方法です。これが最も強く、他の方法とは差があります。

ただし、壁の裏に柱がない位置に留めても効きません。下地を探す道具が、数百円で売られています。

穴を開けられない場合は、この順で考えてください。

一、突っ張り棒を、天井の丈夫な位置に。手前と奥の2本を使い、奥を高めにします。

二、家具の下に、粘着マットを敷く。滑り出しを抑えます。

三、扉に留め具を付ける。中身が飛び出すのを防ぎます。

四、上に重いものを載せない。重心が高いほど倒れやすくなります。

そして、複数を組み合わせてください。一つだけでは、効果が限られます。

Q. 突っ張り棒だけでは、意味がないと聞きました

単独では、効果が落ちるのは事実です。天井が弱いと、天井のほうが壊れてしまうためです。

ですから、天井側に板を当てて力を分散させるか、下にマットを敷いて組み合わせてください。

「完璧でないから、やらない」より、「不完全でも、やる」ほうが確実に安全になります。

Q. 揺れたら、まず何をすべきですか

頭を守り、動かないことです。

丈夫な机があれば、その下へ。なければ、家具から離れて、頭を守って低い姿勢を取ってください。

やってはいけないのは、慌てて外へ飛び出すことです。落下物と、割れたガラスがあります。

そして、火を消しに行かないでください。いまのガス機器は自動で止まります。

Q. 30年経って、いまの家は安全になっていますか

全体としては、確実に強くなっています。基準が二度見直され、新しい建物の被害は小さくなりました。

ただし、古い建物は、いまも数多く残っています。そして、住んでいる方が高齢であることも多い。

つまり、いちばん危ない家に、いちばん逃げにくい方が住んでいるという構図があります。

離れて暮らすご家族がいるなら、実家の建築年を一度確かめてみてください。

過去の震災から学ぶ

同じ大地震でも、命の奪われ方は違います。自分の住む場所に近いものから読んでください。

Q. 「近所づきあいが備え」と言われても、実感が湧きません

もっともだと思います。数字で見ると、実感が変わるかもしれません。

公的な救助が助け出した人は、およそ7,900人。そのうち半数以上が、救出された時点ですでに亡くなっていました。

一方、近隣の住民が助け出した人は、およそ27,000人。こちらは8割以上が生存しています。

装備でも技術でもありません。差を生んだのは、駆けつけるまでの時間だけです。

そして、その時間を縮められるのは、すぐ近くに住んでいる人しかいません。

Q. 子どもに、どう伝えればよいですか

大きな数字は、伝わりません。行動として話してください。

たとえば、こうです。「大きな地震で家が壊れたとき、助けてくれたのは消防車じゃなくて、お隣の人だったんだよ」。

そして、こうつなげます。「だから、会ったら挨拶しようね」。

災害の話は、怖がらせるためのものではありません。今日の行動に変わったときに、はじめて意味を持ちます。

Q. 冬の早朝に地震が来たら、まず何が困りますか

暗さと、寒さと、足元です。

1月17日の5時46分は、まだ日が昇っていません。停電すれば、家の中は完全な暗闇になります。

そこに、割れたガラスと倒れた家具が散らばっています。裸足やスリッパでは、必ず足を切ります。

そして、パジャマのまま外に出れば、体温が急速に下がります。

だから、寝室に置くのは三つです。ライト、底の厚い靴、そして上着です。これだけで、最初の数分がまったく変わります。

まとめ

要点を並べます。

一、1995年1月17日5時46分、マグニチュード7.3。死者6,434人。

二、死因の77.0%、4,224人が窒息・圧死でした。建物と家具が人を殺しています。

三、亡くなった方の多くが、当日の短い時間のうちに亡くなっています。救助が来る前でした。

四、生き埋めや閉じ込めにあった約35,000人のうち、およそ8割を家族と近隣の住民が救出しました。

五、警察・消防・自衛隊が救出した約7,900人は、その半数以上が救出時にすでに亡くなっていました。

六、出火原因が判明した火災の多くは、電気に関係するものでした。避難するときは、ブレーカーを落としてください。

七、やることは二つです。倒れない家にすること。そして、近所の人を知っておくこと。どちらも、揺れる前にしかできません。

私がこの震災でいちばん重く受け止めているのは、助けたのが専門家ではなかったという事実です。

装備も訓練もない、ふつうの人たちが、素手とバールで隣人を掘り出しました。そして、その人たちが最も多くの命を救っています。

だから、備えは道具だけの話ではありません。誰が近くに住んでいるかを知っていること。それ自体が、備えです。

備え全体の順番は防災は何から始める?最初にやること8ステップにまとめています。

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9月1日は防災の日/8月30日〜9月5日は防災週間

1年に一度、備えを点検する日です。10分でできることから始めてください。

この記事を書いた人

北海道札幌市在住の防災・サバイバル情報発信者です。2018年の北海道胆振東部地震を機に「誰でも今日から始められる防災」をモットーに活動を開始し、実際に試した防災グッズのレビューや家族構成別の備え方をわかりやすくお伝えしています。実践的で信頼できる情報を提供できるよう、がんばっています!

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